SLAPSTICK COMEDY
2011/04/29
スラップスティック・コメディ映画は、観客を笑わせること、観客の笑いを引き出すことを主目的とした喜劇映画の中でも、
特に体を張ったコメディ映画のこと。日本では『ドタバタ喜劇』と訳されることが多いようです。
『スラップスティック』とは、叩く棒の意。もともとはアメリカの道化芝居で相手をひっぱたくときに使われた、先がふたつに割れた棒のこと。これが転じて舞台喜劇のドタバタ芸を指すようになり、さらに転じて、動きの多いコメディ映画をそう呼ぶようになったそうです。
叩いたり叩かれたり、追いかけたり追いかけられたり、あるいはパイを投げ合ったりといった体を張った演技は、
映画が言葉を持たなかったサイレント時代初期に広く流行しました。しかし、映画の主流が短編から長編へと移行するにつれ、
物語の比重が重要になり、さらにトーキーに移行することで、大げさな体技による笑いから、セリフによる笑いへと変化して
いったことなどもあり、徐々に廃れていき、現在では、ほとんど作られることが無くなっています。
SITUATION&COMEDY
2011/04/27
そもそもは、「スラップスティック」の対義語として使われ、ストーリー性の強い長編コメディを指します。
シットコムの語源でもあります。
シットコムという言い方をする場合、連続ものだが原則として1話完結で、回をまたがる物語のつながりや進展は希薄。
主要な登場人物はほぼ一定でメンバーがたまに変化したり、ゲストが登場したりすることはあります。
主要な舞台は固定されています。このような設定のもとで、毎回事件が起きるなどして生じるコミカルな状況が描かれます。
このスタイルのコメディは、イギリスにおいてラジオドラマの一ジャンルとして普及していましたが、
現在ではテレビドラマとして盛んに作られています。世界各国で作られているが、特にアメリカでの制作が盛んです。
現在、アメリカのテレビドラマの一大ジャンルとなっています。
実際は観客を入れてはいませんが、観客の笑い声や拍手が挿入され、模擬公開放送ともいえる「ラフトラック」という
音響効果技法が多く採用されています。
スケッチ・コメディーは、コメディーのジャンルのひとつです。
『スケッチ』は文学作品などで、短編、小品を指す言葉で、転じて、演劇の分野においても、寸劇を指します。
すなわち、『スケッチ・コメディー』は笑いを題材にした寸劇のこと。日本では、フランス語で『スケッチ』と同意で使われる
『コント』と言う言葉が定着しているため、使われることはあまりありません。
構成としては数分間単位の『スケッチ・コメディー』を複数組み合わせてひとつの番組として成り立たせます。
ひとつひとつは独立しており番組単位での物語としての整合性はありません。
基本的に連続性は持たないが、特定のキャラクターが登場するなど、連続性を持つ物もあります。
笑劇(farce)とは、観客を楽しませることを目的とした、演劇または映画のために書かれた喜劇の1形態のこと。
ヴォードヴィルと並んで最も低級なものと言われます。笑劇の特徴としては、現実には起こりそうもない突飛なシチュエーションや
様々な程度に洗練された言葉によるユーモア。それは性的なほのめかしや言葉遊びを含むかも知れない。
早い展開の筋で、普通物語が進むにすれ、どんどん早くなり、エンディングでその頂点を極めます。
多くの笑劇はクライマックスに向けて慌ただしいペースで動きます。その中で、最初にあった問題は最後には解決されますが、
デウス・エクス・マキナはひねりが加えられています。一般にはハッピーエンドで幕を閉じます。勧善懲悪のしきたりは普通見られます。
主人公は、たとえそれが犯罪になろうとも、必死に隠そうとしたものを持って逃げることがあります。
たいていの笑劇は逸脱したふるまいに非常に寛大で、「人間」をつまらない・不合理・金に弱い・幼稚・無意識の行動に走りがちの存在
として描写する傾向があります。実際、笑劇は単なる1ジャンルではなく、たとえばロマンティック・コメディといった他の形式と
組み合わせて起こる、フレキシブルなドラマ様式です。ばかげてありえないシチュエーション、当意即妙の応答、幅の広い即物的な
ユーモアに関係する限りでは、笑劇は広くテレビのシチュエーション・コメディ、サイレント映画、スクリューボール・
コメディの中で使われてきました。
ROMANTIC&COMEDY
2011/04/25
ロマンティック・コメディは、映画のジャンルのひとつです。恋愛映画およびコメディ映画の一種。
恋愛をテーマにしたコメディで、男女の心の機微を中心にストーリーが展開する作品を指します。
日本でも女性を中心に人気の高いジャンル。もちろんこのジャンル名は演劇などにも使われるますが、映画に使われる場合が多いようです。
典型的なストーリーは、「男と女が出会うが、初対面での印象が悪くお互いに好意を持てず、その後も会うたびに口喧嘩になります。
ところが、行動を共にし協力し合わなければならない事態に遭遇し、お互いのことをよく知るようになり惹かれ合っていきます。
そして、お互いの気持ちをなかなか伝えられずにいますが、最後には結ばれてハッピーエンド」というもの。
江戸時代初期の演芸は屋外で行われました。江戸中期からは公許の演芸場でも行われるようになり、演芸の発信地として機能していきました。
ラジオの登場以降、ラジオの寄席番組なども大衆が演芸を楽しむ場になっていったそうです。昭和になると、レコードに落語や漫才を
吹き込んだものが発売されるなどの現象も起き始めました。第二次大戦後、ラジオやテレビなどのマスメディアによる演芸番組が
もてはやされるようになっていきました。また、専属の演芸家を抱える放送局や芸能プロダクションも増えていったようです。
と同時に、寄席などの演芸場は徐々に減少していきました。ですが、観衆として演芸を楽しむ場としては、寄席など、
直にその芸に接することのできる場所に勝るものはない、と言う意見は根強く、また説得力も持っています。
現代ではライブ感覚で演芸を行う場が新設されたり、演劇用の劇場やライブハウスなどで、演芸興行する事例も増え、
演芸の新しい潮流になっています。
漫才は、古来の萬歳を元に、日本の関西地方で独自に発達したとされます、主に2人組で披露される演芸・話芸
。2人の会話の滑稽な掛け合いの妙などで笑いを提供します。大正末期、映画の弁士によって始められた漫談にちなみ、
昭和8年頃に吉本興業宣伝部によって漫才と名付けられました。漫才を行う者を「漫才師」と呼びます。
関西圏の漫才を特に上方漫才といいます。
漫才の発祥と言われる萬歳は、平安時代から始まった芸能で、新年を言祝ぐ歌舞です。2人一組で家々を訪れ、新年を祝う口上を述べた後に、
1人片方が打つ鼓に合わせてもう1人が舞います。江戸時代には、全国各地でその地名を冠した尾張万歳、三河万歳、その後、
大和万歳などが興り、歌舞のみでなく言葉の掛け合い噺や謎かけ問答を芸に加えて滑稽味を増し発展していきました。
しかし、第二次世界大戦後にはほとんど行われなくなりました。今では保存会などが復興・継承しています。
明治時代から行われた大阪の寄席演芸である万才は、この万歳のうち三曲萬歳をベースにしたとされています。
三曲万歳は胡弓・鼓・三味線による賑やかな万歳で、初期の万才もこれに倣って楽器伴奏を伴っていました。
初期の万才の芸人には、万才という分野を切り開いたパイオニアである玉子屋円辰や、砂川捨丸・中村春代のコンビなどがあります。
ただし当時の寄席演芸は落語が中心であり、万才は添え物的な立場に置かれていました。
その後、俄や、俄から転化し2人で落語を演じる形式の軽口噺、浪曲の要素が混ざり合って今の形式になりました。
大正末期には、吉本興業の芸人である横山エンタツ・花菱アチャコのコンビが、万才を会話だけの話芸「しゃべくり漫才」として成立させ、
絶大な人気を博しました。